1 日々の暮し: 2007年9月アーカイブ
大市の結果。
ネットで検索できるのだ、便利。
便利だけれども、
落ちるか落ちぬかカチカチカチカチ確かめ続ける。
一日中、PCに張り付いたまま、落ち着かない。
結果。
もっとも落ちないであろうと思っていた1件のみが落ちた。
市場は本当に不思議。
その時点で、あとから他も落ちたらえらいこっちゃ。
真剣に売らないと、本気でやらなくちゃ、と、目が醒めた。
懲りない面々は、今日もまた買って、また売るのであります。
一新会、経営員の皆様、お疲れさまでした。
ところで、出品されていたものの値段を知りたい。
「赤とんぼ」を含む1箱はいくらだったのでしょう?
庄野潤三、吉行淳之介の書簡は? 組合員でご存知の方、今度教えてください。
最初は、見るだけのつもりだったのだ。
目録に掲載されていた、某氏の書簡を見てみたくて足を運んだのだ。
27日は、市場の中でも最大級の「大市」(一新会)。
26日が下見の日であり、入札もできるのだった。
ものすごいものがたくさんたくさん出品されていた。
ああ、見るだけのつもりだったのに。
大市に行くと、感覚が麻痺する。
通常の市と違って、最低入札価格が1万円からなのだ。
3件に絞ったが、何万も入札してきてしまった。
書かないと買えないから、書くしかないのだ。
他店より高く書かないと買えないんだもの。
「珍しいものを持っていれば買ってもらえるんですよ。
せっかく専門ジャンルがあるんですから、
こういうときに買っておかないと」
と某店ににっこり囁かれ、
もっともかも、と思ってしまった。
戦前戦後の絵本、絵雑誌だけでも、
(まだまだ不勉強な私にとっては)これでもかこれでもかと
見たことがないような凄いものが次々、市場に出される。
今日も、この機を逃したら、二度とお目にかかれない束かと思えてしまったのだ。
とたんに、預金残高など忘却の彼方に雲隠れである。
しかし、もしも本当に落ちたら支払いはどうしよう。
3件とも上札で落ちたら・・・?
1日にン十万の古書を買うなんぞ、正気の沙汰?
もし買えたとしても、ああ、一体どうやって支払えばいいのだろうか。
開札は明日なので、それまでにだれかに電話して、「中止」と書いた札を入れて
入札はなかったことにしてもらうよう頼もうかどうしようか。
市場に行くと、買わずにいられない。
ジムへ行くと、なぜか周囲に混ざって
ついつい運動に熱中してしまうのと似ている。
ジムに行くと、マシンがあるし、周囲が皆、運動しているし、
なんとなくやる気になるじゃないですか。
市場に行くと、買わないと! 絶対買わないと! と思えてくるのだ。
場の空気もあるし、周囲の凄腕の店が目に入る影響もある。
また、固定価格と違って、
入札方式だと、負けたくない、
自分が買わずにどうする? と妙な競争意識が働いてしまう。
古書を買うって本当に楽しい。
買うは天国、支払うは地獄、だ。
市場を出たとたん、嘘のように財布の紐が堅くなる。
東京堂書店で文庫2冊購入(友人オススメ桐野夏生のとある本、
銀色夏生「銀色ナイフ」)。
ちくま文庫で欲しいのがあったのだが、
「千円」という値段にたじろぐ。
さっきまで何万も入札してきたくせに、
わずか千円に怯えてしまう不思議。
タテキンであさっていたら、
さっき市場で顔をあわせていたKさん(タムラ従業員)が目の前にいた。
私の顔を見て、「あ」と。
笑っておくしかないかとばかり、くすりと笑った。
なぜだか見られてはいけないところを見られたような気がして、
そそくさと立ち去る。
振り返ったらKさんもいない。気つかってもらったのかな、すんません。
安いカフェで軽食をとりながら、本を読む。
暖かいカフェラテに読書。
つつましやかな、しかし、大きな幸福。
自分はこれだけで十分なのに、
なぜ市場で歯を食いしばるのか。
なぜ、こんなふうになっちまうのか、自分。
トイレの鏡に向かって
やめるときは在庫すべて市場に出しておしまいだし、
やめるのはたやすいことだし、なんとかするしかないじゃん、と自分に言い聞かせる。
「お金は作るもの」という某店の言葉も思い出す。
ちょうど読んでいた木山捷平「長春五馬路」で、
主人公がボロ屋を始めたところ。
わが身と重なり合うが、
彼ほど商売をやれるとは思えない。
東京堂書店でもらったスクリプタ(紀伊國屋書店)を読む。
岡崎武志さんがブログに書いていたとおり、内堀弘さんがいい。
本を追いかけていた人たちがこの世から消えたあとでも、
本だけが遺る。
遺った本だけが遠い日の空気を覚えている。
ーーうう、旨いなあ。
夜は、NHKホールで、パット・メセニー・グループ、
ブラッド・メルドーらのライブ。
チケット代1万円を出すゆとりすらなくて、
連れに出してもらう。
1万円かあ、1万あれば、今日もう1万多く入札できたかもなあ。
先ほど入札してきた数字が脳裏に浮かんだ。
ひとつでも落ちたらうれしいなあ。
しかし、全部落ちたらどうしよかなあ。
ま、箱をあけてみると、大概、上には上がいて、
買えないのが常なんですけどね。
昭和の時代、歌謡曲も童謡も、ずっとずっと心に残るような
よい曲がたくさんつくられました。
昭和30年代40年代ごろのレコードつき絵本には、
大変よくつくられたものがたくさんあります。
今でも、それらを思い出とともに捜し求める人が大勢います。
戦場にも墓場手前にも、おそらく何も持っていけませんが、
唄と思い出(思い)は持っていけると思います。
旅先にも未来にも自由に持っていけるのは、唄と思い出(思い)です。
庄野潤三夫妻のように、年老いた夫がハーモニカを吹いて、
妻が唄う光景というのはよいなあと思います。
この季節、庄野夫妻もお好きな、夕焼け小焼けの~ 赤とんぼなど、よいでしょう。
昨晩は仕事を終え、Ett(エット)のライブをみに下北へ。
今の時代、よい歌をつくって唄える人というと、だれがいるでしょう。
状況が昔と異なっているとしても、ぱっと思いつく人が何人かはいます。
私の好みでいうと、今現在の筆頭は、ふちがみとふなと、そして、Ettなのです。
Ettは女性ボーカルと男性ギタリストのふたり。歌詞も曲も大変よいです。
アンコールでやった、上野茂都さんの「飯の支度」のカバーも好きでした。
ボーカルの西本さゆりさんは、
隣の家まで歩いて何分? というような、のどかな田舎で育ったそう。
「天然コケッコー」を地でやっていたようなお方です。
東京に出てきたとき人身事故で、という車内放送を聞いて、
都会は怖いところだとショックを受けたとのことでした。
その話を聞いて、すっかり都会に慣れている自分自身に驚いて、怖くもなりました。
Ettについては、連れもブログに書いています。
ところで、日曜に10キロばかり走った余波で、
右足の親指の爪が内出血している様子。足先がじくじく痛みます。
26日夜はまたしてもライブのため、メール対応など少し遅れます。
メールやご注文の対応はできるだけ日中にと思っております。
うお、市場(一新会)大市の下見もあるー。
市場へ行くと、かなり歩き回るので、足の指が痛いのは困ります。
