迷うとき、脳内で何が起こっているのか

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今日の古書市場では、私にしては結構買った。

今度の目録用に、まだまだ珍しい本が欲しいのである。
本日買ったうち、次回の目録に使えそうなのはごく一部だ。
いつかもっとまとまった段階で取り上げたいものも含まれている。
次回目録分は、まだまだ不足している。
目録には、検索してもなかなか
見つからないようなものを出したいのである。できることなら。

珍しいものというのは、めったに見つからないので、
そうそう安く買えるものではない。
N堂さん、さすがであります。よく見て、本当によく気づく。皆で「おおー」と声をあげた。

市場では、買うか買わないか、いくら入札するか、誰が入札するか、
本の状態はどうか、初版かそうでないものか、
誰か買ってくれそうな人がいそうかどうか、果たして利益が出るのか、
店として持っておくべき本かどうか。
あれこれ考えながら本を見るので、くったくたに疲れる。

毎回、市場から帰るとしばし座り込んでしまう。

今日は帰宅しても、まだ買おうかどうしようか迷っているものがある。
出品者がわかっているからこそで、欲しいなら早く連絡すべし。
どうするか。
あれこれ調べながら、まだ迷っている。
迷っているうちに入手できなくなったなら、
それはそれ。買うべきでなかったのだと諦めがつくだろう。

売る前に買わなければいけない、買うことから始まる、それが古書店。
とめどない財源があればねえ。

携帯本は「生きて死ぬ私」(茂木健一郎 ちくま文庫)。
脳内の出来事をわかりやすく、興味深く書ける人はさほどいないだろう。
文系人間にとっても興味をひかれる文章が次々に登場する。
死生観について、かなり突っ込んで書かれている。

「まえがき」に、脳の研究を始めてしばらくして、
イギリスに留学したときの体験が書かれていた。

(以下、抜粋させていただく)
「ある時、私は昼下がりの牧場に立って、
なだらかな谷に流れる川や、その向こうに見える教会の尖塔を眺めていた。
頬には、さわやかな風が当たるのを感じていた。突然、何の脈略もなく、

私は、私の眼前の風景が、私の外側に広がっていると思っている。
だけど、本当は、私が感じるこの広大な風景も、私の頬をなでる風も、
私の頭蓋骨の中で起こっていることにすぎないのだ

という思いがわき上がってきた。そして、私は何ともいえない重苦しさを感じた。
どんなに広大な風景の中に自分を置いても、結局、私は私の頭蓋骨という狭い空間に
閉じ込められた存在にすぎないのだ、そのような重苦しさだった」
(以上、抜粋させていただきました)

神保町の改札を出るとき、ああ、自分が見ている光景は・・・
と、ぼんやり考えた。

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