怒涛の市場。長文につき、ヒマつぶしにのみどうぞ

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今月はすでに、市場でたっぷり買った。
買取でも良い本を多数お譲りいただいた。
年末年始、市場が休みになっても更新には困らないぐらい
倉庫に本が充実しつつある。
裏腹に、懐具合はかなりきつくなっている。

今日は、明治古典会。
良いものが大変高く、こちらの財布の中身を
どんどんどんどん持っていく恐ろしくも魅力的な市場である。
今日は売る本を出品するだけのつもりで足を運んだのだった。
出品だけして、さらっと何が出ているのか眺めて
さっと帰るつもりだった。
まあ、五反田展向けのものがあれば買っておこう、ぐらいの気持ちだった。

ところがところが。なんですか、これは。
行ってみたら、とんでもなかった。
本日の出品量と人の多さといったら…。

4階の開札はふだん13時半からのはずだが、
13時50分からにずれこんだほどである。
本の量がとんでもなく多かったため、経営員の方々も大忙し。
「今日は夜10時ごろまでかかるかも」と、とある経営員が嘆息していた。

なぜ、それほど出品量が多かったのかというと、
とあるお宅のもとから古書店を経由して
大量に本が売られたから、らしい。

ヤネチェク、ヤーノシュなど絵本の大きな束が出ていた。
また、児童書の束もあちらこちらに
にょきにょきとそびえ立っている。
「そびえ立つ」という言葉が大げさでないほどの量だ。
海ねこ好みの創元社・世界少年少女文学全集もあるが、
何巻かずつ、あちらとこちらに分かれて出品されていた。
運よく入手できたとしても、倉庫がふさがり、
整理が容易でないのは目に見えていた。
「こんないっぱい買っても、あとから大変ですよねえ」と
お気楽に他店さんにつぶやく私。

そこに悪魔の囁き、ならぬ、天使の囁きをもたらしたのは
N堂さんだ。
N堂さんの囁きは耳をよく開いて聞くべし。
「児童書、買っといたほうがいいよ。
これ、Kさんの旧蔵書だから。
番号(注:出品店がどこかわかりにくいよう、
数字でやりとりする仕組み)見といたほうがいいよ」

えーっ。あのKさんの蔵書ですかー!
ひえーーっ。
お名前を出していいのかどうか判断がつかないので伏せておく。
2005年7月に大変惜しまれつつお亡くなりになった著名人
(Kさんとしておく)の旧蔵書が大量、市場に出品されたのだった。
N堂さんがなぜそう判断したのか、
あとで聞きにいった。説明を聞いてなるほど、納得である。
N堂さんが市場に大量に出される本の、
どこをどのように観察しているか、知れば知るほど尊敬するばかり。

Kさんご自身の著書も含めて、
さまざまなジャンルの本が超・大量、出品されていたのだった。
さながら、Kさんの書斎が神保町にやってきたかのようだ。

そうとなったら、
児童書は児童書でも、ちょっと意味合いが違ってくる。
Kさんがどのような児童書を買い求め、
あるいは所持し続け、
どのようにお読みだったのか。
旧蔵書というのは、私からすると、
その人自身といっても過言ではない気がする。
Kさんがその場にいるような、
Kさんの存在がそこにあるような。
衿を正すような思いで本の山を眺める。

市場には、有名無名を問わず、
さまざまな方の思いがこもった旧蔵書が出品される。
自分が死んだら蔵書がどうなるのか、
はっきり思い浮かべることができるようになった。
死は、どの人にも公平に訪れ、
生前抱え持っていた希少本であれ何であれ、
こうしてまた古書店、そして市場を経て古書店に渡り、
さらに、さまざまな人のもとへと渡っていくのだ。

それにしても、Kさんの旧蔵書である。
今この場から各方面に散らばってしまうのだと思うと、
すべて写真撮影して記録しておきたいほどだ。
無常も感じるが、それでも、
そのような歴史的瞬間(?)に立ち会うことができた。
市場に通い始めてまだ1年強の身には、
ただもう興奮するばかり。

他店の方々はどのような思いだったのだろうか。
何年もプロとして仕事をし続けている人は、
もっと冷静な視点に違いない。
頭に血がのぼっていたのは私だけかもしれない。

と思ったが、やはりあちらこちらに
さまざまな方の署名本が混ざっていることもあり、
古書としての価値が高いと皆さん、踏んでいるのだろう。
値段はどんどん吊上がる一方である。

児童書の束には漏らさず、とにかく札を入れていく。
貯金がなくなるーと、もうひとりの自分が悲鳴をあげるが、
そんなことより今は買わねばと思って入札する。

さらにどんどん封筒の中に札が増えていく。
何店もで値段を突き上げあい、封筒がふくらみ、ぱんぱんである。
会館内が異様に熱いのが、暖房のせいか、
人の熱気のせいか、よくわからない。

通常であれば、同じ本でも3分の1から4分の1、
いやもっと安く買えると思うのだが、
今日ばかりはそれでは済みそうにない。

市場は、金がものをいう世界である。
お金を出さないと買えないのである。
市場においては、お金を出す
=買う意志がどれぐらい強いかの証、
他店への意思表示、宣言ともいえる。
いつも負けてばかりだけれど、
どうしても欲しいものは欲しいのです。

いったん入札したものの、
値段をつけかえて札を入れ直しにいく。
すでに開封された同類の束がいくらで落札されたか
確かめたうえで、さらに値段を高くして入札し直す。
「改め」「再改め」「再再改め」と値段を高くしては
ぐるぐるぐるぐる。
行ったり来たり、うろうろうろうろ。
万歩計をつけておけばよかった。
ほかの店も結構、改め、再改め、と
値段を付け直していたのだと、あとでわかった。

結果。
Kさんの絵本や児童書は、私の見ていたところ、
みわ書房さん、玉晴(玉、の点はなし)さん、月の輪書林さん、
そして、海ねこに渡ったのだった。
玉晴さんが落札したものには僅差で負け、残念がっていたところ、
玉晴さんのご好意で、
関心のあるものだけ抜いて残りを譲ってくださることになった。
玉晴さん、ありがとうございます!

欲しいと思ったのは、今回、児童書ばかりではない。
福永武彦のKさんあて署名本5冊を見た瞬間、
何がなんでも欲しいと思った。
福永武彦は、自分が学生時代、貪り読んでいた作家であり、
向こう見ずにも卒論のテーマとさせていただいたお方である。
福永武彦の署名本は市場でしばしば見るが、今まで入札したことがなかった。
が、Kさんあての署名本である。
「署名本」ということは、福永武彦とKさんが間違いなく手にとったものと考えてよいだろう。
福永武彦がKさんにどのような気持ちで進呈し、
Kさんが福永武彦から受け取って何を思ったのか、今となっては知る由もない。
それでも、どんなことを感じただろう。せめて自分も手にして眺めたくなってしまった。
どうしても欲しいときは、ありえないような高値を
上値(1万円以上を入札する場合、上値・中値・下値の3通り、
値段を書くことができる)とする(「鬼札」とも呼ばれている)。
結果、中値でありがたくも落札することができた。

ほかにも欲しいものがたくさんあったのだが、
他店にまったく及ばず。
買えなかったが、
支払いのことを思うと胸を撫で下ろしたくもなった。

それにしても、ただもう入札することにばかり夢中だった。
開札が進み、他店のもとに本が渡ってしまえば、入手の道は絶たれてしまう。
どんなに悔やんでも、後の祭りなのである。
買えるか買えないかーー買いたいーー自分にはそれがすべてだった。
あとで、買った本をどうしたらよいのか、
ほとんど考える余裕すらなかった。

神保町のN書店さんもKさんの旧蔵書を落札していたので、
「これ、どうするんですか」と聞いてみたところ、
売るあてがあって買ったのだとわかった。
そうだろうなあ。
何も考えず、衝動に突き動かされて買っているのは
私だけかもしれない…。
見えない何かに揺さぶられ、
自分の中の何かに火をつけられた感じ。
出品した本はありがたくも他店さんに買っていただくことができたのだが、
落札した本代のほうがずっとずっと上回っていた。
組合って、市場って、本当に本当に怖い。
怖いけれど、面白すぎる。

ということで、明日にでも、
大量の本をとりに神保町に行かないといけない。
軽自動車に一度に積み込めるかどうかわからないぐらいの量。
来週は支払いにつぐ支払いである。
Kさんの旧蔵・児童書をどうするか、これから考えていかないといけない。
少なくとも、これだけは言える。
Kさんの本ーーKさんの思いを適当に散らしてしまってはいけない。

働かないといけない。
それなのに車がない。連れが乗っていってしまって注文本を倉庫にとりにいけない。
55冊の全集をお待ちのお客様に発送しなければ。
が、体力が残っていない。
すぐお送りできなくて申し訳ないが、週末にじっくり丁寧に梱包しようと思う。

長々とお付き合いいただき、本当にすみません。
手の内を明かしすぎではないかと某・Kさんにご指摘いただき、
気にかけております。
ただ、古書がこんなふうにやりとりされているという
古書店どうしの熱気が伝わりましたら幸いです。
古書店は元気です。古書をよろしくお願いします!
お断りしておきますが、私というひとりの人間が見た視点であり、
他店の方が皆さん同様というわけではありません。
誤解のなきようお願いします。
今日はそんなところです。仕事します。
あー、五反田展の準備、どうすればいいんだろう。

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