茂田井武展

| コメント(0) | トラックバック(0)

最終日、駆け込みで茂田井武展(ちひろ美術館)へ。
茂田井武は幼年期の記憶にこだわり続けた。

画帖「幼年画集」(未完)を見ると、脳裏に焼き付けていた
絵柄をそのまま再現しているとしか思えない。
その場に居合わせたわけでもないのに、
見ている私まで茂田井の記憶の世界に引き戻されていくような。
絵を学ぶため児童画の模写をしていた作品も展示され、
目指してていたものがよく伝わってきた。

「見知らぬ世界は目かくしをしてゆくとあらわれる。
ここはもううちではない」(幼年画集1 1946年)、
「この絵は写生ではありません。
頭の中に思い出したものをいろいろに組み合わせて描いたものです。
いろいろなものを組み合わせて描くということは、とても楽しいものです。
それは、自分でつくりあげた景色(世界)になります」
(世界の絵本 花の画帖 1951年 原文はひらがな)
ーーこういった世界観が私はたまらなく好きだ。

戦後すぐ出版された絵本は現存数がたいへん少ない。
ガラスケースの中に鎮座していた。
古本屋としては、ああ、欲しいなあ、
しかし、市場にも出てこないのだろうなあと嘆息。
その脇に、絵本をカラーコピーで複写し、
綴じたものが置かれていて、閲覧できるようになっていた。

「くまの子」(コドモノマド社 文・佐藤義美)に漂う無常感といったら、
これが絵本だろうかと驚いてしまう。
仲良く暮らしていたくまの母子。
ところが、兄妹は気づいてみたら鉄の檻の中。
大好きな母さんと離れ離れになって
動物園に連れていかれてしまったのだ。
それでも、兄妹はけなげに夢を見る。
「かぁさん かぁさん おかぁさん
おめめがさめても またねましょ
ゆめで かあさん かえってきた」
不安を感じさせる線、くまの絵柄…
茂田井作品に漂う暗さーー
あの暗さと、暗さの中に漂う光・ぬくもりが
見る人の心をとらえるように思えてならない。

1942年、茂田井は老父から諭されて所帯を持った。
子どもが生まれ、子どもたちのために絵を描くようになる。
貧しくて絵の具が買えないときはソースや醤油を使ってでも
絵を描いていたのだという。
当時の油彩はひじょうに暗い。
暗いのだが、救いようのない暗さというのとは違う。

疎開先にいた幼い長女のために描いた「巴里の子供」(1946年)、
同年、絵本として出版された「パリーノコドモ」(まひる書房)。
同年、長女のために作られた2冊目の絵本「アサノドウブツエン」
…けっして技巧的でなく、うまいわけではない。
それなのに、不思議なぐらい心をとらえる絵。
体調がすぐれず、経済的にも苦しく、
飲んで荒れていた時期がウソのようだ。
当時の日記も展示されていたが、
体調が悪く、家にこもりがちだった茂田井は
子どもをよく見ている。
次々に習得する言葉を克明に記録されている。
茂田井は自身の子ども時代を追体験しながら
子どもたちに生かされたのかもしれない。

次第に、子らの成長とともに希望を持って
絵が描けるようになっていったのだろうか。
キンダーブック時代の絵柄には、
ともに生きよう子どもたち、とでも言わんばかりの力が
みなぎっているようだった。
「ねむいまち」(1954年・キンダーブック)など
ストーリーテラーとしても天才的だと思う。
(追記・訂正 「ねむいまち」は小川未明・作でした)

ちなみに「アサノドウブツエン」は
練馬の自宅から井の頭公園に通って
動物たちをスケッチしたとのこと。
キンダーブックに茂田井が描いた動物園のぞう舎の様子は、
私が子供のころ同じ公園に通って
脳裏に焼き付けていた絵柄そのものだった。

「茂田井さんの絵を見ていると、
人間のなつかしさみたいなものが感じられた」(国分一太郎)

哀しさと温かさ、はかなさとなつかしさ。
そういったものが自然と同居している感じが
妙に現実的な感じがする。
自分の心の奥底にある忘れかけていたものを
くっきりと呼び覚まされる。
茂田井武って本当に不思議だ。

そうそう、いわさきちひろさんの書斎(復元)の書棚には
世界出版社のABCブック、あいうえおブック、
講談社の少年少女世界文学全集など、なじみの本が。
そう、海ねこでおなじみの本たち。
ABCブックは背ヤケしていて、
海ねこに在庫があったものとひじょうに状態が似ていた。
ちひろさんの部屋は、日当たりがよくて
居心地のよい場所だったに違いない。
そして、ABCブックのオレンジ色は退色しやすいのだなあと
ひとり納得したのだった。

居心地のよいちひろ美術館をあとに、
石田書房さんへ。
引越し準備の手伝いにいったのか、
おしゃべりしにいったのだかわからないけれど。
月曜、雨、やむといいですね。
夜は、ブルーノート東京で矢野顕子ライブ。

海ねこHP、更新が遅れていて申し訳ないです。
やはりHPはこまめに魅力的な本を入れていかないとね。
お待ちくださいませ。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.omaken.com/mt-cgi/mt-tb.cgi/4614

コメントする

2012年4月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

アーカイブ