14.目録はいつ出せるのだろうか・・・(07/10 12:04)


よく覚えている、子どものころの感情がある。

おもちゃ屋で親からそれが欲しいかと聞かれた。
私は本当は、ものすごく欲しかった。
それなのに、素直に「欲しい」と言えなかった。
子どもながらにプライドなのか何の感情かわからないが、
何かがジャマして、欲しいと言い出せなかった。
そして、親から買ってもらえず、泣くに泣けず、
その感情をひとりひきずっていた記憶がある。
三人の子育てで忙殺されていた母親が、私が迷っている渦中、
返答を催促して「これこれでしょ」と勝手に決めつけるのもイヤだった。
「そっちじゃないほう」と言えたらいいのに、言えずにいるのが常だったのだ。
欲しいのに欲しいと言い出せずにいる、
そのときの気持ちを大人になった今でも覚えている。
あれは、一体なんだったのだろうか。

自分のせいで、目録の集書に苦心しているというのに、
それをブログに書いたため、
お世話になっているお客様にご心配いただいた。
そして、本を譲りますといろいろご提案くださった方には、
こちらの事情からあまり良い返事をできず、
もしや傷つけてしまったのではないかと気に掛けている。

そして、別のお客様には、
いるともいらないともハッキリ言えなかったため、
あたたかいご注意のお言葉をいただいた。
たぶん現物を見たら、「これはいります」「これはいりません」と
即座に申し上げられたと思う。
こちらの知識が浅かったため、そのものを見たことがなく、
文章を見ただけで現物を想像しきれず、「いります」と即座に断言できなかったのが
いけなかった。
しかも、その方が本当は持っておきたいのに
無理して「譲ってあげましょう」と言わせてしまったのではないかと
あれこれ考えすぎて、かえって迷惑をかけてしまった。

どちらの方も、こちらのことを思いやってくださったのは
よくわかっている。
人の好意を素直に受け入れられたらいいのに、どうしてできないのか。
もう、なんでこんな面倒な性格なのだろうかと思う。

やはり、何か譲ってくださいと言いたくても言えずにいた人に、
このたびは遠慮ばかりしているのもかえっておかしいかと、
つい先日、勇気をふるってお願いしたのだった。
そのときは、あまりご期待いただけないと思うとの返事だった。
当然である。
そして、まったく期待などしないでいたのだが、
先ほど、思いもよらず、1箱、お送りいただいてしまった。

なんやかや、ややこしい性格なのに、
それでも好意を向けてくださる方に、
どう恩返ししていけばいいのだろうかと思う。

目録づくりに邁進できずにいる今の自分の精神状況であるが、
お世話になっている方のためにも、
もっとなんとかしなければと思うばかりです。

ややこしいことを抜きにして、ニコニコ笑顔でいられたら
どんなにいいだろう。
爽やかに笑顔で「お願いします! ぜひ譲ってください!」
「ありがとうございます!」と。
人はそういう人のもとに集まるだろうに、
私は、自分のややこしさをこういうところに書いて、
一体何をしたいのだろうか。

目録次号のもっともっと、なんとか手を入れるべき部分。
●初山、武井武雄
●幼年画報
●コドモアサヒ
●パリからの洋書、ロシアの絵本
●未入力の雑誌

私という個人が作っているのでパーソナルなものなのかもしれないが、
先人の偉業から何かをお借りして、
愛書家、古書店が引き継いできた本・資料を紹介して
どなたかに橋渡ししていく仕事なので、
なかばパブリックなもの、それが古書目録と思う。
なので、こんなこと秘することもないと考えます。
あれこれ言い訳せずに発行しろよとも思いつつ、
悶々としているさまを見せるのも、
誰かにとって(反面教師的な)何かのお役に立てたらいいのですが・・・。

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